一粒残らず、という言葉の重さ

過去に、海洋散骨をお手伝いしたお客様がいらっしゃいました。
若くして配偶者を亡くされ、
当日は、お子さんと一緒に船に乗られました。
港を離れると、街の音は少しずつ遠ざかり、
船のエンジン音と、波の音だけが残ります。
その静けさの中で、準備を進めながら、私は尋ねました。
「ご本人が、散骨を希望されていたのですか?」
少し間をおいて、返ってきた言葉は、淡々としていました。
「すべて、一粒残らず散骨してくれと言われました。
持ち物も、何もかも処分してくれと」
その一言に、
私は言葉を失いました。
――まだ若いあなたには、
この先の人生がある。
――新しい誰かと出会い、
また笑って暮らしてほしい。
――自分の存在が、
その妨げにならないように。
自分が生きた痕跡を、
できるだけこの世に残さずに去りたい。
そんな強い想いが、胸に迫ってきました。
けれど、実際にその場に立つと、
人の気持ちは、そんなに割り切れるものではありません。
散骨を終えたあと、
ご家族は、ほんの少しのお骨を手元に残されました。
「全部、なくしてしまうのは……」
その言葉の続きを、
私はあえて聞きませんでした。
思い出も、想いも、
決してリセットすることはできない。
それは弱さではなく、
残された人が、生きていくための自然な選択なのだと思います。
きれいな海に還されたお骨は、
やがて静かに、波の中へ溶けていきました。
けれど、
故人様の存在まで消えてしまうわけではありません。
残された記憶も、迷いも、
これからの人生と共に、形を変えながら続いていく。
私はその背中を、
ただ静かに見送ることしかできませんでした。
散骨についての考え方や流れは、別の記事でも解説しています。
▶ 海洋散骨を選ぶ前に知っておきたいこと(コラム)
散骨という選択について、
広島という土地との関係性から整理した記事があります。
▶ 広島で海洋散骨を考えるときに、大切にしたいこと

